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東京高等裁判所 昭和39年(く)176号 判決 1965年3月26日

申立人 西村義夫

決  定

(申立人氏名略)

右の者からの刑の執行に対する異議の申立に対し昭和三九年一二月三日静岡簡易裁判所がした異議申立却下決定に対し、申立人から適法な即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次の通り決定する。

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件即時抗告の申立の趣意は次の通りである。すなわち、申立人は、昭和三九年一〇月二六日静岡簡易裁判所で、決定で申立人に対する昭和三七年四月二四日大阪簡易裁判所の言渡にかかる窃盗罪による懲役一〇月、三年間執行猶予および昭和三六年一〇月二三日荒尾簡易裁判所の言渡にかかる同罪による懲役一年、三年間執行猶予の各執行猶予の言渡を取り消されたため、右執行猶予の言渡の取消決定に対し東京高等裁判所に即時抗告の申立をしたところ、昭和三九年一一月四日同裁判所で抗告を棄却されたので、不服申立の提起期間内の同月七日同裁判所にこれが異議の申立をしたのに、その決定がないうちに同月一三日検察官の指揮により前記執行猶予の言渡を取り消された各刑の執行を受けるにいたつた。したがつて、右各刑の執行の指揮は申立人の前記高等裁判所に対する適法な異議の申立に対し同裁判所の決定がないうちに、換言すれば前記刑の執行猶予の言渡の取消の裁判がまだ確定しないのに、不法にも前記抗告棄却の決定が申立人に送達された同月五日にすでに確定したとの理由でなされた違法なものである。そこで申立人はさきに執行猶予の言渡の取消をした静岡簡易裁判所に右刑の執行に対する異議の申立をしたところ、同裁判所は、同年一二月三日決定で、右異議の申立は刑事訴訟法第五〇二条により「言渡をした裁判所」すなわち前記執行猶予の判決を言渡した荒尾簡易裁判所又は大阪簡易裁判所になすべきであるから、これを受理することができないとして却下した。しかし、同法条にいう「言渡をした裁判所」とはさきに執行猶予の言渡を取消した静岡簡易裁判所をさすものと解すべきであるから、右却下決定は違法であるというにある。

よつて本件記録および当裁判所の前記刑の執行猶予の言渡の取消決定に対する即時抗告の申立事件(昭和三九年(く)第一五九号)に関する記録を調査するに、申立人は、その主張のとおり、前記二個の刑の執行猶予の言渡を取り消され、これに対し即時抗告の申立をしたところ、抗告を棄却されたため、さらに異議の申立をしたが、抗告棄却により前記取消決定は確定したとして、右異議の申立に対する決定のないうちに検察官の指揮により先づ荒尾簡易裁判所の言渡にかかる懲役一年の刑、次に大阪簡易裁判所の言渡にかかる懲役一〇月の刑という順序の執行を受けるにいたつたので、前記取消決定が未確定であるとの理由により、検察官のした執行処分を不当として静岡簡易裁判所に異議の申立をしたところ、同裁判所は申立人が述べたような理由で右異議の申立を却下した事実が認められる。

ところで、刑事訴訟法第五〇二条により裁判の執行に関し異議の申立をなすべき「言渡をした裁判所」とは、刑の執行猶予の言渡の取消決定に基づく刑の執行に関して右取消決定が未確定であるとの理由により検察官のした処分を不当として異議の申立をする場合には、執行猶予付刑の言渡をした裁判所ではなくして、右刑の執行猶予の言渡の取消決定をした裁判所を指称するものと解すべきである。けだし、同法条に裁判の執行に関する異議の申立をなすべき裁判所を裁判の言渡をした裁判所と定めたのは、執行の基礎となつた裁判をした裁判所をしてその執行に関し検察官のした処分が不当であるかどうかを審査せしめるのを相当とする趣意に出たもので、刑の執行猶予の言渡の取消決定に基づく刑の執行に関し異議の理由が執行猶予付刑の言渡をした裁判ではなく刑の執行猶予の言渡の取消をした裁判にかかわる場合には、右取消決定をした裁判所にその理由の存否を審査せしめるのが最もよく前示法意にかなうものと考えられるからである。したがつて、本件の刑の執行に関する異議の申立は執行猶予付刑の言渡をした裁判所になすべきであるとの理由によりこれを受理することができないとして却下した原決定は前記法条の解釈を誤つた違法を犯したものといわなければならない。

しかし、進んで右異議の申立の内容につき判断するに、前記刑の執行猶予の言渡の取消決定に対する即時抗告が棄却されその旨の決定が申立人に送達されたのが昭和三九年一一月五日であることは前記のとおりであり、右抗告裁判所の決定に対しては抗告することはできず(刑事訴訟法第四二七条参照)、したがつて異議の申立をすることも許されない(同法第四二八条第二項参照)し、又特別抗告の期間(五日)も徒過したことは関係記録により明らかである(申立人は所定の期間経過後である同月一四日最高裁判所に特別抗告を申立てたが同年一二月二五日不適法な申立として棄却された。)から、同年一一月一〇日の経過とともに前記刑の執行猶予の言渡の取消決定は確定したものというべきであつて、同月一三日検察官の指揮により本件刑の執行がなされるにいたつたことは申立人も認めるところであるから、右取消決定が未確定のうちに不法に本件刑の執行がなされたとする異議は理由がないといわねばならない。してみれば、本件異議の申立を却下した原決定は理由において異なるけれども、結局相当であることに帰するので、刑事訴訟法第四二六条第一項後段により主文の通り決定する。

(裁判官 足立進 栗本一夫 浅野豊秀)

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